コラム 2019/01/09

|Déjà-vu的な!|#8 プラスとマイナス

#8 プラスとマイナス

朝ごはん

1月7日。
起きたらすでにお腹がすごく空いていて、かつ丼くださいみたいな気分。
塩気のある汁ものでごまかそうとお味噌汁をつくる。
今日からいつもと違うところの麦味噌。美味しい。
小さな丸パンとコーヒーものんだ。

お腹いっぱいになったはずなのに、すぐにお腹が空く。おかしい。
午前中にスーパーに行くつもりが、作業が長引き行けず。
わーもうお昼になっちゃう・・ていうかおまだ昼前なのにはらぺこ。
夫に、「お昼に帰ってくるとき、お粥に入れる七草買ってきてください、あとなんにも作れなかったので、お惣菜もどこかで見繕ってきてください」とメッセージを送る。

夫は七草セット(正確には5種類くらいしかなかったが)と、もうひとつ袋を提げていたので、開けてみた。
こ、これは。。。

蒲鉾屋さんで買ってきた唐揚げと焼きそばと七草粥

(写真は二人分)

さすが夫。
というのも、唐揚げと焼きそばは、私の好きな食べ物のツートップ(暫定)だからだ。
(こと食べ物に関して私に甘い。)
七草粥の存在をきれいに打ち消す黄金コンビ。

私の胃腸は無休にて無病息災を願い、厚かましく唐揚げと焼きそばを食べても太らない1年にします!と誓う。(だから食べるのやめない!)

たった半年前まではチョコレートケーキが不動の1位だった。
2位がケーキで3位がチョコレート。それぞれ別カウント。
これは物心ついた時からかわらなかった。
疲れた時やがんばったご褒美にはチョコレートケーキを大人買い。
ホテルのケーキビュッフェのチェックも忘れない。
そんなあの頃も今は昔。
平成31年現在、唐揚げと焼きそばとフライドポテトが私の癒しである。
異変が起きている。

午後もハリーポッターを聴きながら作業。
夕方から夫を会食のお店まで車で送って行く。
途中で、Jさんをお迎えに。
Jさんはもうおじいちゃまだけど、相変わらずダンディだった。
なんといっても声が渋い。
もう何年も前だけど、私はJさんが夫を励ましてくれた日のことを今もよく思い出す。

「誰になんといわれてもいいじゃないか。失敗してもかまわない。お前の思ったようにやればいい。自分で選んだ道だと胸を張って言えるように。」(渋い声で)

巷には「失敗しないための方法」があふれ、ともすればその中で窒息してしまいそうになるのに、失敗してもいいと言ってくれる人がいるなんて、幸せだなあ夫よ、と思った。

そして続けてこうもおっしゃった。

「もし思い通りにいかなかったときにも、それは自分の不徳の致すところだと心から頭を下げることができるように。」(もちろん渋い声で)

私ははっとした。
これはやりたいようにやって結果を出そうという甘い意味ではなくて、結果が出なくても、やれることはすべてやったと言えるかどうか、悔いの残る戦い方はするな、ここで逃げ道をつくってはいけない、というすごく熱い激励なんだと思った。

自分の選択や人生を引き受けるのは、他の誰でもなく自分だけ。
悩んだり迷ったりしても最後は本当に自分が選んだか、いつも問いかけて進みたい。
しかし、そうだと答えることは、実に難しいことだ。

そんなことを考えていると、車はお店に到着した。
「もう年をとりすぎてしまった」とJさんがおっしゃるので(渋い声で)、困ります、まだまだお元気でいらしてください、と私は本気で言った。
Jさんは私のダンブルドアなのだ。
夫たちは仲良くお店に消えていった。

噂の肉つけ麺(塩)・メンマトッピング

18時前なのに、またしても空腹に襲われる。
がっつりしたものが食べたい衝動から、しばらく我慢していた外ラーメンをやってしまう!(これ必ず後悔するパターン)

全粒粉入りと思われる平麺はおいしい。
が、つけ汁も熱々ではなく、つけても味が絡まないし、といって直接飲むほど味は薄くない。
私はつけ麺というもののポテンシャルを理解できないだめな麺喰いなのかもしれない。
ご飯入れたり、スープ割りしたりする人はいろんなふうに楽しめるんだろうなー。
貴重な外ラーメン権をここで無駄に行使してしまい落ち込む。
私みたいなのは普通のラーメンがお似合いだとわかったことが収穫か。

渋滞にはまりつつ、家に帰って、ちょっと仕事を片付けて、明日の不燃ゴミ(資源ごみ含む)の日のために、ゴミ出し準備。
新聞、ダンボールをまとめ、金属、割れ物などをそれぞれ分ける。

そして、難関の瓶。
瓶の色分けをして出すのだけど、ワインの空き瓶が大量にありすぎて、まず、ベランダの瓶用のゴミ箱から出すのを考えるだけでくらっとする。
ビニール袋に入れて階下とベランダを往復中に、袋が破れて階段の踊り場に瓶が散らばるという事態に。

ところで私は右足首を2ヶ月くらい前から痛めていて(疲労骨折なんだそうだ。疲労した覚えはないが。)、慎重に生活してやっと治りかけていた。
あとちょっとだった。
それなのに、あ、瓶が落っこちちゃう危ない!と一歩踏み出したはずみで、ふたたびグキッと。
これ今いったよねと。足首。かんぺきいったよねと。
迂闊な自分と3往復分もの酒瓶が怨めしく、身悶えする。
そして、酒はこのようにしてわが身を滅ぼしていくのだと悟った。
どうなっちゃうんだろう私の足首。

お風呂に入ってさっぱりしたら、さっきまでの気持ちまでもさっぱりと消え去る。
ウォッカソーダを作って飲む。(1本空き瓶追加。)

何を買おうか(食べ物)とネットを徘徊していると、夫が酔っ払って楽しそうに帰宅。
もっと早く帰って一緒にゴミ出しやってたら私の足首は無事だったのに!と八つ当たりしていたら、「そんなこといってるからホグワーツに入れないんでしょ」と言われる。えそうなの?(たぶん本人は覚えてない。)

うちはゴミステーションに近いので、深夜となった今もみんなが瓶を持ち寄る音が聞こえる。
(前日の夕方から出してもOKとなっている。)
がらがらーがらがらー。ちっともうるさくない。
みんないっぱいお酒飲んでるんだなって思って元気になれる音である。

 

 

Text&Photo: Azusa Hamaguchi

1975年生まれ。地方都市→東京→結婚して、わりと田舎へ移住。
フリーのグラフィックデザイナー。夫と二人暮らし。
お酒が好き。食べ物と暮らしを「妄想」するのが趣味。

Déjà-vu的な! 一覧へ
他の読みものを探す